ある日突然、夫が借金を残して姿を消したあの日から、私はガムシャラに働き、ワンオペ育児の毎日を駆け抜けていきました。
「なんとかなる‼️」と自分に言い聞かせ、少しずつ前を向けるようになってはいたものの……。
それでも、私の心の中の傷が、すぐに消えてなくなったわけではありませんでした。
激しく押し寄せる感情の波。子どもを置いて逃げたことが許せなかった
日常を必死に過ごす日々の中で、私の心にはいつも、激しい「感情の波」がありました。
ふとした瞬間に、猛烈な悲しみや怒りが湧き上がってくるのです。
「なんで、あの人は子どもたちを置いて、1人で逃げ出すなんてことができたんだろう……」
そんな元夫への強い憎しみが、どうしても抑えられなくなる日がありながらも、月日は流れていきました。
当時の私の心は、怒りと拒絶でいっぱいでした。
アルバムを開いては、子どもたちと一緒に写っている写真から、元夫の姿があるところだけをハサミで切り取ったりもしました。
それくらい、あの人の存在そのものを自分の人生から消し去りたかった。
子どもたちが成長するにつれて、また別の小さな苦しみも生まれました。
息子たちが、ふとした瞬間に元夫に「似た仕草」をすることがあったのです。
何故、一緒に暮らしていないのに……。血は濃いのだと、つくづく思い知らされました。
でも、それを嫌だと思ってしまうことは、大好きな我が子を否定しているようにも思えて、自分の心の中で「ヤダヤダ!!」と葛藤しながら、必死に胸に押し込めていました。
苗字に支配される苦しみと、私を救ってくれた「ある考え方」
そんな1番キツかった頃、私は何故か、急に「旧姓に戻したい」という強い衝動に駆られました。
離婚当初は、子どもと違う名前になるのは嫌だからと、元夫の苗字のまま生きることを自分で選びました。
けれど、この名前はずっと私に付いてまわり、まるで自分がいつまでも元夫の面影に支配されているように思えて苦しくなってしまったのです。
面倒な家庭裁判所の手続きを取ってでも旧姓に戻るべきか。それとも、この出来事とどう向き合うべきか……。深く、深く悩みました。
そんな時、ある本で目にした言葉が、私の見方を少しずつ変えてくれました。
それは「人生は、自分が生まれる前にこのストーリーを自分で選んで生まれてくる。自分に乗り越えられないことは絶対に起きない」という、スピリチュアルな視点の考え方でした。
「そうか。もしこれが、誰のせいでもなく、すべてのことを私が自分で選んで生まれてきたのだとしたら……」
そう思えた瞬間、ふっと心が軽くなったのです
私は「被害者」として生きるのをやめ、自分の人生を自分の足で歩く覚悟を、本当の意味で捉え直すことができました。
「意地で子育てするものなの?」無理解な一言と、私が張った意地の理由
当時の私は、「絶対に独りで育てる‼️」と、どこか意地になっていました。
ある時、信頼してそんな話を打ち明けた人から、こんな言葉を言われたことがあります。
「意地で子育てってするものなの?」
その人は、私がシングルマザーであることは知っていても、夫の蒸発や多額の借金といった詳しい事情までは知りません。だから悪気のない一言だったのは分かっています。
でも、その言葉を聞いたとき、「あぁ、私のこの人生は、誰にも理解されないものなのかな……」と、胸の奥がツンと寂しくなったのを今でも覚えています。
でもね、今だから分かります。
シングルで子育てをしている人が、ただ「頑張る気持ち」だけを持っていたら、いつか重圧で潰れそうになってしまうんです。
そこに、「自分が育てる!」「絶対に負けない!」という、ある種の『意地』が必要なときだって、絶対にあるのではないでしょうか。
じゃないと、大変な壁にぶつかるたびに
「なんで私ばかり!」と心が折れてしまうから。
もちろん、周りに助けられることは本当に有り難いことです。
それを突っぱねるのではなく、助けてもらうところは有り難く助けてもらいながらも
自分の中に「いい意味での意地」を持って踏ん張ることは、決して悪いことなんかじゃない。当時の私には、あの意地こそが命綱だったのです。
月日は流れ、1日、1日が静かに終わっていきます。
あんなに長くて暗かったトンネルにも、ちゃんと終わりは来ました。
今、当時の私と同じように、シングルで大変な思いをして、意地を張りながら必死に頑張っている人に、画面越しにエールを送りたいです。
「大丈夫。ちゃんと終わりは来るからね」と、心から応援しています。
次回は、1日を消化試合のように必死にこなしながら走った日々、そして何十年ぶりに届いた「突然の連絡」についてお話しします。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
こころに、ひとやすみ。していってくださいね。


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